山でクマと遭遇する確率は以前より確実に高まっている。全国的なツキノワグマ・ヒグマの目撃件数の増加、里山環境の変化、登山人口の増加が重なり、私たちはこれまで以上に「クマと隣り合わせの生活」をしていると言える。私は現役の猟師として年間何度も山に入り、足跡、爪痕、糞、獣道、気配など、クマの残すサインに日常的に向き合っている。この記事では、現場で培った「机上の空論ではない」実践的なクマ対策をまとめる。
1. まず理解すべきは「クマは基本的に人を避ける」こと
クマを必要以上に恐れなくてよい一方で、「油断」は事故に直結する。クマは臆病で慎重な動物だが、驚かされたとき、食べ物に執着しているとき、子グマを守るときには攻撃的になる。
特に山で人間が気づかないうちにクマの至近距離へ入り込んでしまうと、クマの逃げ場がなくなり、結果として突発的な「防衛攻撃」が起こる。事故の多くがこのパターンだ。
2. 山へ入る前に必ず確認すべきこと

● 地域のクマ出没情報
自治体や登山口の案内板、猟友会の最新情報を確認する。
特に秋(9〜11月)はクマの活動が非常に活発になるため、最新情報の入手は必須。
● 単独行動の回避
単独行動はクマへの「存在アピール」が弱く、遭遇確率が上がる。
グループ行動は声や話し声が響くため、クマが避けてくれる可能性が高い。
3. 山での基本的なクマ対策
● クマ鈴は効果があるのか?
「正しく使えば」効果がある。
クマは音を嫌うというより、「遠くから人の存在に気付ける」ことが重要。
ただし、風の音や沢音が大きい環境では鈴だけでは存在を知らせにくい。
● 声を出す
猟師の間でも最も効果があるとされるのは「声」。
特に人が少ない山奥では、「おーい」「よいしょ」など独り言でもいいので定期的に声を出す。
● 立ち止まる場所に注意
沢沿い、ガスの濃い場所、藪の濃い斜面、ベリー類のある稜線などは、クマが採食している可能性がある。
こうした場所では意識的に音を出すか、できれば避ける。
4. クマの痕跡を見つけたらどうする
● 新しい糞
色が濃く湿り、蒸気を感じるような糞は「すぐ近くにいる可能性大」。即座に引き返すべき。
● 爪痕や木の剥ぎ取り
樹皮を剥いで昆虫を食べた跡や、マーキングの爪痕がある木は「生活圏」。
その周辺は慎重に。複数見つかる場合は迂回が安全。
● 足跡
足跡が深く新しいものは要注意。
方向が一定であれば、クマが移動中という証拠。逆方向に引き返す判断も必要。
5. もしクマを見つけてしまったら
● 遠距離で気づいた場合
クマがこちらに気づいていないなら、そのまま静かに後退。
視認距離が30〜50m程度であれば、姿勢を低くしてゆっくり離れる。
決して走って逃げない。走ると本能的に追われる可能性がある。
● クマがこちらに気づき、立ち上がった場合
立ち上がるのは攻撃行動ではなく「確認」。
大声で威嚇するのではなく、
「人間だよ! そっちへは行かないよ!」
と落ち着いた声で伝えながら後退する。
● 近距離(20m以内)で遭遇した場合
最も危険な距離。
帽子やタオルなど「自分のにおいがついたもの」をそっと投げると、クマの注意が逸れることがある。
ただし目を離さず、低姿勢で後退する。
6. 万が一クマが突進してきたら

猟師としても言い切れるが、突進されたら正攻法の正解は存在しない。
ただ、次の行動は「生存確率を少しでも上げる」ためのものだ。
● ① まずクマ撃退スプレーを使用する
有効距離は5〜10m。購入したら必ず使い方を事前確認。
発射角度・風向き・射程を理解しておくと生存率が大きく変わる。
● ② 致命部位を守る
クマの攻撃は「噛みつき」「前脚の薙ぎ払い」が中心。
特に顔、首、腹部を守ることが何より重要。
リュックは背負ったままのほうが防具になる。
● ③ 地面に倒れた場合
ツキノワグマの場合は防御姿勢(うつ伏せで首を守る)が有効なケースもあるが、これはあくまで最後の手段。
ヒグマ相手にはこの方法はほとんど通用しない。
7. キャンプ・登山での食料管理
● 生ゴミを放置しない
クマが最も人里へ降りてくる理由が「食べ物の匂い」。
生ゴミ、調理残り、油汚れはすべて密閉し、車内や吊り下げ式で保管する。
● テントの近くに食材を置かない
山小屋管理者が口酸っぱく注意するが、これが一番事故が多い。
テントの中に食べ物を置くのは絶対NG。
8. 「クマに遭わないための」というより「クマとトラブルにならないための」意識を持つ

クマは人間を獲物として狙っているわけではない。
しかし、私たちの不用意な行動が、クマを刺激し、事故に繋がる。
山を歩くときは、
「クマの生活圏へお邪魔している」
という意識を常に持っておきたい。
9. 現役猟師からの最後のアドバイス
- 音を出す
- 食料の管理を徹底する
- 最新情報を確認する
- 近距離遭遇では絶対に走らない
- クマ撃退スプレーは必ず携行する
- 「大丈夫だろう」という甘い判断をしない
これらが徹底できれば、山でクマと遭遇しても事故になる確率は大幅に減る。
自然と共に生きる以上、「ゼロリスク」は存在しない。
しかし、正しい知識と行動があれば、クマとの距離を保ちながら安全に山を楽しむことができる。

